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構造改善とセメント各社の再編

 
  セメント産業の歴史は、不況カルテルと構造改善、そして再編の歴史ともいわれています。3度にわたる不況カルテルの締結(生産限度量の設定−第一次:1975年〜1976年、第二次:1977年、第三次:1983年)と、2度の構造改善事業(1984年〜1986年の特定産業構造改善臨時措置法と1987年〜1991年の産業構造転換円滑化臨時措置法の適用による共同設備廃棄や共同事業会社設立)、そして大型合併がこれにあたります。
  このようにその時代の情勢に対応しながら、セメント産業の構造そのものも変化させてきました。現在では17製造会社と10販売ブランド体制となっています。
 
大型合併による再編劇

1984 5つの共同販売会社設立
●中央セメント
小野田セメント、新日鐵化学、東洋曹達、三井鉱山、日立セメント
●大日本セメント
日本セメント、大阪セメント、第一セメント、明星セメント
●不二セメント
三菱鉱業セメント、徳山曹達、東北開発(1985年に参加)
●アンデスセメント
住友セメント、麻生セメント、電気化学工業、日鐵セメント、八戸セメント、東洋セメント、苅田セメント
●ユニオンセメント
宇部興産、秩父セメント、敦賀セメント、琉球セメント

*会社名は当時のものを表記した

1987 東洋曹達が東ソーに社名変更
1990 三菱鉱業セメントと三菱金属が合併し三菱マテリアルが発足
1991 中央セメント、ユニオンセメント解散
三菱マテリアルと東北開発が合併
1994 大日本セメント、アンデスセメント、不二セメント解散
小野田セメントと秩父セメントが合併し秩父小野田が発足
住友セメントと大阪セメントが合併し住友大阪セメントが発足
徳山曹達がトクヤマに社名変更
1998 宇部興産と三菱マテリアルが販売会社を設立し宇部三菱セメントが発足
秩父小野田と日本セメントが合併し太平洋セメントが発足
2003 第一セメントが中央商事と合併しデイ・シイが発足
2004 三井鉱山がセメント事業から撤退
麻生セメントが仏ラファージュセメントと資本提携し麻生ラファージュセメントに
2010 秩父太平洋セメントがセメント生産を停止しセメント協会退会
2012 日鐵セメントが日鉄住金セメント、また、新日鐵高炉セメントが日鉄住金高炉セメントに。
親会社の新日本製鐵が住友金属工業と合併し、新日鉄住金となったことによる措置。
2013 麻生ラファージュセメントが麻生セメントに。資本提携している仏ラファージュ社の減資に伴う措置。
2015 電気化学工業がデンカに社名変更。
2016 デイ・シイ社が太平洋セメントの完全子会社になり、東証第一部の上場廃止

17製造会社

八戸セメント 日鉄住金セメント 日鉄住金高炉セメント 東ソー トクヤマ 琉球セメント
苅田セメント 太平洋セメント 敦賀セメント 宇部興産 デイ・シイ デンカ
麻生セメント 明星セメント 三菱マテリアル 日立セメント 住友大阪セメント

10販売ブランド

日鉄住金セメント 日鉄住金高炉セメント トクヤマ 琉球セメント 太平洋セメント
宇部三菱セメント デンカ 麻生セメント 日立セメント 住友大阪セメント
(イロハ順)

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